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東京地方裁判所 平成8年(ワ)5547号 判決 1997年7月07日

原告

甲野太郎

甲野花子

右両名訴訟代理人弁護士

佐藤誠一

被告

乙川次郎

乙川三郎

右両名訴訟代理人弁護士

染井法雄

主文

一  原告らの第一次的及び第二次的請求をいずれも棄却する。

二  被告らは、原告らに対し、連帯して金三五〇万円及びこれに対する平成八年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの第三次的請求のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その九を原告らの負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨

一  第一次的請求及び第二次的請求

1  被告らは原告らに対し、連帯して金三五〇〇万円及びこれに対する平成八年二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  第三次的請求

1  被告らは原告らに対し、連帯して金九〇〇万円及びこれに対する平成八年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

第二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第三  請求の原因

一  売買契約の成立及び履行

原告らは、平成六年三月一七日、被告らとの間で、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)及び同目録二記載の土地(以下土地、建物を併せて「本件不動産」という。)を、金三五〇〇万円で買い受ける契約をし(以下「本件売買契約」という。)、同年五月一六日までに右代金を支払った。

二  隠れた瑕疵の存在

1  本件マンションの現状

本件不動産を含む通称△△マンション(以下「本件マンション」という。)は、昭和六〇年七月に新築され、当時からその一〇一号室には、暴力団××会○○一家丙山組の組長代理補佐である訴外丁原春男こと丁春男(以下「訴外丁」という。)及び同人の家族らが居住している。

2  瑕疵の内容

(一) 訴外丁及びその家族は、日頃、本件マンションの共用部分を私物化する等、同マンションの他の居住者に対する様々な迷惑行為を行っている(以下「本件事情」ともいう。)。

(1) 毎年八月中旬に地元日枝神社の祭礼が行われるが、当日、入れ墨をする等人相風体が明らかに暴力団員であることが分かる男女約二〇〇名が集合し、本件マンション前の道路両端を閉鎖し、道路にござを敷き詰めて飲食し、気勢をあげ、深夜まで大騒ぎをする。

(2) 右丙山組の事務所は本件マンションの近所にある。

(3) 本件マンション管理人室に私物のカメラ、書籍、テーブル、椅子、ゴルフ道具、カーペット等を置き、物置きとして使用している。

(4) 右管理人室のトイレと訴外丁宅との境の壁を取り壊し、管理人室のトイレの便座・タンクを取り外し、右トイレに大きな仏壇を設置している。

(5) 自転車置き場に物置きを設置し、専有使用している。

(6) 本件マンションの管理規約に反し、大型犬を飼育している。

(7) 本件マンションの屋上に、居住者が使用するテレビの集合アンテナとは別の、大きなアンテナを設置している。

(8) 右屋上に、バイクのガソリンタンク、火鉢、タイヤを置き、物置きとして使用している。

(9) 本件マンションの入口植え込み部分に、右(1)の際に使用するテーブル、椅子、よしず等が雑然と置かれ、現在はタイヤ一〇本が放置されている。

(二)(1) 本件マンションは、総戸数約二〇戸の集合住宅であり、その居住者にとって、本件事情を無視して日常生活を送ることは困難である。

(2) 暴力団員もしくはその家族が、本件マンション共用部分を私物化する等の迷惑行為を継続し、同マンションの敷地及びその前面道路で同人らの仲間の暴力団員らとともに示威行動まがいの年中行事を実行する等の事情があり、かつ、容易に右事情を改善できないときには、これが他の専有部分の居住者にとって専有部分の住み心地の良さを欠き、居住の用に適さないと感ずるに至る程度に達している。

(3) 本件マンション居住者は、当初見て見ぬふりをしていたが、平成四年に管理組合が結成されるに至り、同組合は問題解決の努力を開始した。しかし、本質的な解決には至っていない。

3  「隠れた」瑕疵であること

右瑕疵は、本件売買契約当時原告らにおいて認識することができなかったものであり、客観的にも知ることができなかったから、隠れた瑕疵にあたる(以下「本件瑕疵」という。)。

原告は、平成六年三月一七日、A溝の口営業所(以下「A」という。)での本件売買契約の最終交渉の際、本件マンションの居住者がどのような人物であるか、何か問題が起きたことはないか尋ねたが、その際、被告らは、居住者は普通の会社員らであり、これまでに問題を起こした者はいないと答えた。

なお、原告らは、本件売買契約締結後、同年七月一日に本件不動産に入居したが、同年の祭礼のころは旅行中のために右大騒ぎを知らなかった。

三  錯誤

原告らは、本件不動産に永住するつもりで買い受けたが、本件売買契約当時、本件不動産が住宅として適さない欠陥を有するものであったにもかかわらず、これを知らず、永住するのに適当なものであると誤信していた。原告らは、本件瑕疵があるものであれば、本件不動産を買い受けることはなかった。したがって、本件売買契約締結の意思表示は、要素の錯誤により無効である。

四  詐欺取消

1  被告らは、本件契約締結に際し、原告らに対し、本件不動産の居住性の質・程度に大きな影響を及ぼす本件事情に関し虚偽の事実を告知して原告らを欺き、原告らを前記三の錯誤に陥らせ、本件売買契約を締結させた。

2  原告らは、平成八年二月六日、被告らに対し、本件売買契約を詐欺を理由に取り消すとの意思表示をした。

五  目的達成不能による契約解除

原告らは、永住用に本件不動産の売買契約を締結した。しかし、本件瑕疵は事実上修復不可能であり、これにより本件不動産は住宅としての適性を欠いたものとなっており、原告らは本件契約の目的を達することができない。原告らは被告らに対し、平成八年二月六日、瑕疵担保責任に基づき本件売買契約を解除するとの意思表示をした。

六  等価性の欠如による損害

1  本件瑕疵があることを前提とすると、本件不動産の適正価格は金二六〇〇万円程度である。

2  本件瑕疵により、本件売買の代金額金三五〇〇万円と本件不動産の交換価値との間には等価性を欠いている。

原告らは、右差額分の損害を受けた。

七  よって、原告らは被告らに対し、第一次的に本件契約の無効又は取消に基づく不当利得返還請求として、金三五〇〇万円及び右取消の日の翌日である平成八年二月七日から、第二次的に本件契約の解除にもとづく原状回復請求として金三五〇〇万円及びこれに対する契約解除の日の翌日である平成八年二月七日から、第三次的に瑕疵担保責任に基づく損害賠償として金九〇〇万円及びこれに対する原告準備書面

送達の日の翌日である平成八年一二月三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四  請求原因に対する認否

一  請求原因一の事実は認める。

二1  同二1のうち、本件マンションが昭和六〇年に新築されたことは認め、その余の事実は不知。

2  同2(一)(1)ないし(9)の事実は不知ないし争う。

年に一度の地元日枝神社の祭礼(八月一五日ころ)にあたって、本件マンション前の道路が歩行者専用となり、祭礼関係者や地元の人を含めて祝い酒ないし振舞酒を飲んでいたことはあるが、これは通常の祭りにおけるものであり、午後九時ころにはお開きになっていた。その集会は、祭礼での御輿かつぎのお礼として、地元住民のBが主催していた。

同(二)(1)ないし(3)の事実は否認する。

3  同三の事実は否認する。

三  同三の事実は否認する。

四  同四1の事実は否認し、2の事実は認める。

被告らは本件訴訟に至るまで訴外丁が暴力団員であるかどうか知らなかった。

五  同五のうち、原告らが解除の意思表示をしたことは認め、その余の事実は否認する。

六  同六1、2の事実は否認する。

第五  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  第一次及び第二次的請求について

一  請求原因一の事実(本件売買契約)については、当事者間に争いがない。

二  請求原因二について

1  証人永松政美の証言及び弁論の全趣旨によれば、請求原因二1の事実(本件マンションの現状)が認められる。

2  成立に争いのない甲第一号証、第五号証の一、二及び第一五号証、証人永松政美の証言により真正に成立したものと認められる甲第二ないし第四、第六及び第八号証、原告甲野花子本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七、第九、第一〇及び第一七号証、被告乙川次郎本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第三及び第五号証、証人永松政美の証言、原告甲野太郎、同甲野花子、被告乙川次郎、同乙川三郎各本人尋問の結果、検甲第一号証の検証結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 請求原因二2(一)の事実(本件事情)のうち、同(1)につき、平成八年八月一五日の祭礼においては人相風体が明らかに暴力団風であるとは認められないけれども、多人数が長時間にわたって本件マンション前道路において飲食の上騒いでいたこと、右集会は訴外丁の異母兄弟である訴外Bが現場の指揮をとり、訴外丁の意を受けて行っていたこと、同(2)ないし(5)、(7)及び(9)の事実が認められる。

なお、同(9)の事実については、本件売買契約当時右事実は存在したが、その後放置されていたタイヤ等が撤去されている。

右認定に関し、被告らは、右集会は祭礼での御輿かつぎに対するお礼として訴外Bが主催していたと主張するけれども、地元住民として正式に慰労するのであれば本件マンション前の道路上という場所は不自然であり、また、集会の規模及び態様に照らすと、訴外Bが町の有力者である等の特段の事情も認められない以上、同人の主催であるとすることは経験則上考え難い。したがって、被告らの右主張は採用することができない。

(二)(1) 本件マンションは、一八戸の区分所有にかかる専有部分からなる集合住宅であり、原告ら所有の三〇一号室は本件マンションの三階東南角部屋で訴外丁の居住する一〇一号室の直上に位置する。同マンションの管理は、訴外D株式会社に全部委託されていたところ、平成四年四月二五日にいたって管理組合が組織され、同年八月二〇日の総会で理事五名が選出されたが、その際被告乙川三郎(以下「被告三郎」という。)も理事の一人として選出された。その第一回総会において、訴外丁の管理費用の長期未払分の回収、分電盤からの電気無断使用の防止等が議題となった。

(2) 訴外丁は、××会○○一家丙山組に所属する幹部級の暴力団員であり、昭和六〇年七月三一日付けで丁夏男から本件土地の所有権持分の全部(一〇万分の一一二四六)移転登記を受け、本件マンション新築当時には本件土地の共有者であった。同人及びその妻、二男及び三男、長女ら家族(以下「訴外丁一家」という。)は、右当時から本件マンション一〇一号室に居住し、訴外丁自身は服役のために不在のこともあるが、家族は居住し続けており、同室には、訴外丁の所属暴力団の若い衆が頻繁に出入りしている。

訴外丁は、本件マンションの管理費を滞納し続けており、その滞納額は平成五年八月三一日当時約二五八万八〇〇〇円にのぼった。管理組合は、右未納分の管理費支払請求訴訟を提起し勝訴したが、本件マンション一〇一号室の所有名義が訴外Cになっていたため、支払は受けられなかった。

(3) 本件マンションの管理人は、管理代行者であるD株式会社が選任して委託するが、同マンション新築当時から翌年までの間、一〇二号室に住むEが、その後Fが同マンションの管理人であった。しかし、同人らは、いずれも訴外丁の脅迫等のために辞任し、本件マンションを売却して転居した。その後訴外丁一家が順次管理人になり、報酬として年間六〇万円が管理費中より支払われた。訴外丁一家は、本件マンションの管理業務を行わず、入口付近への流し掃除についても訴外丁の所属する暴力団の若い衆らしき人物が行っているだけである。

(4) 訴外丁は、以前本件同マンションの入り口付近に監視用のテレビカメラや投光器を無断で設置し、本件マンションの共用分電盤に引込線をつないで電気を無断使用して、夜間に一〇一号室前道路及び同人専用の庭先を照らす等していたが、平成六年八月三〇日の管理組合総会においても、このことが問題視され、本件売買契約以前に、管理会社及び管理組合名義で訴外丁に対し撤去を求める通知を出し、その後管理組合において分電盤からの電源を除去した。テレビカメラは撤去された。

(5) 平成七年に訴外丁が刑務所から出所してきてからは、本件マンション付近に暴力団風の人物の出入りが増えた。

(6) 原告らは、本件売買契約締結交渉中、被告らに対し、「本件マンションの住人はどのような人たちですか」と尋ねたが、被告乙川次郎(以下「被告次郎」という。)は、「よく分かりません」と答えた。

(三)  ところで、民法五七〇条にいう瑕疵とは、客観的に目的物が通常有すべき設備を有しない等の物理的欠陥が存する場合のみならず、目的物の通常の用途に照らしその使用の際に心理的に十全な使用を妨げられるという欠陥、すなわち心理的欠陥も含むものであるところ、建物は継続的に生活する場であるから、その居住環境として通常人にとって平穏な生活を乱すべき環境が売買契約時において当該目的物に一時的ではない属性として備わっている場合には、同条にいう瑕疵にあたるものというべきである。

右(一)(二)の各認定事実によれば、本件マンションは、暴力団員である訴外丁が新築当時から敷地と等価交換により居住しはじめ、同人所属の暴力団組員を多数出入りさせ、更に夏には深夜にわたり大騒ぎし、管理費用を長期間にわたって滞納する等、通常人にとって明らかに住み心地の良さを欠く状態に至っているものと認められ、右状態は、管理組合の努力によっても現在までに解消されていないことに加え、本件売買契約締結前の経緯に照らし、右事情はもはや一時的な状態とはいえないから、本件事情は本件不動産の瑕疵であると認められる。

(四)  そして、被告次郎は、本件売買契約締結交渉の際、原告らから本件マンションの住人について尋ねられた際、よく分からないと答えている。原告らは、本件マンション入口付近の私物化等について、現地見聞の際に気づいたものと推認されるが、訴外丁が暴力団員であること及び夏祭りの際の集会等は、一般人に通常要求される調査では容易に発見することができず、一定期間居住してみて初めて分かることであるから、右事情については、本件売買契約当時に原告らにおいて知り得なかったものと認められる。

(五)  したがって本件事情は、本件不動産の隠れたる瑕疵にあたる。

三  請求原因三(錯誤)について

原告らは、本件不動産に永住するつもりで買い受けたのに、本件瑕疵があることは、要素の錯誤にあたると主張する。しかし、原告らが本件不動産を本件瑕疵がなく永住のつもりで買い受けたことは単なる動機にすぎず、本件売買契約締結において、右動機が表明され、売買の意思表示の内容とされたことを認めるに足る証拠はない。また、本件不動産は、本件瑕疵があることにより、居住性において原告らの予想していたものではなかったものの、居住の目的が達せられないとまではいえないから、原告らの右錯誤は要素の錯誤にあたらず、本件売買の意思表示が無効になるものではない。

四  請求原因四(詐欺)について

1  本件売買契約当時、前掲各証拠によれば以下の事実が認められる。

(一) 被告三郎は、昭和六一年三月より平成六年三月までの間、本件マンションに居住し、被告三郎の長男である被告次郎も昭和六一年から平成四年一二月までの間本件マンションに居住していた。

(二) 昭和六一年三月、訴外丁宅において、本件マンション住人が顔合わせのために集まり、被告次郎もこれに出席した。

(三) 被告三郎は平成六年八月三〇日の管理組合総会において同組合の理事に選任されている。

(四) 平成六年四月三日、管理組合の臨時総会が開催され、被告三郎は右会議議案の書面を受け取り、その記載内容が株式会社Cに対する管理費請求の訴訟を提起する場合の弁護士費用や管理人契約の解除についてであることを認識しつつ、右会議に欠席のためGに議決権の代理行使を委任する旨記載された「出欠表(委任状)」と題する書面に署名押印して提出した。

(五) 本件事情は、本件マンションの住人に広く知れ渡っている。

2  右認定の事実によれば、被告三郎は、屋上や管理人室内の状況について被告らが直接認識していなかったとしても、被告三郎は、右事実につき管理組合総会等の議題を通じて聞いていたはずであり、訴外丁が暴力団員であることは総会の議題の関係上住人間で噂にならないことは考え難く、特に右二2(一)の事実についても、被告らは通常本件マンションにおいて生活していれば知っていたと考えざるを得ない。そして、本件売買契約の交渉において、被告らが本件事情を原告らに告げなかったことについては争いがない。しかしながら、被告三郎は本件不動産売却の目的につき、再就職先を退職後に地元に帰郷して生活するために本件不動産を売却した旨供述するが、このこと自体不自然ではなく、後記のとおり、被告らが当初売りに出した価格と本件売買代金額との間には開きがあるものの、中古マンションの場合には売買代金についても売出価格と成約価格との間には一定程度の差が生じることはあり得ることであるから、被告らが原告らに対し本件事情を告げなかったことは、積極的に本件マンションの性状等について虚偽の事実を述べたとまでいうことはできず、他に被告らの欺罔の事実を認めるに足る証拠はない。

五  請求原因五(契約解除)について

原告は、本件瑕疵により、本件売買契約の目的である永続的な居住が達成不可能になったと主張する。

しかし、前記認定の事実によれば、本件不動産は居住性において原告らの予想していたものではなかったものの、未だ居住の目的に用いられない程度の瑕疵であるということはできず、他に原告ら主張の事実を認めるに足る証拠はない。

六  したがって、原告らの第一次的及び第二次的請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。

第二  第三次的請求について

一  請求原因六(損害賠償)について判断する。

二  本件売買契約当時、本件不動産の価格が客観的にどの程度であったかについて検討する。

1  原告甲野花子本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第九、第一〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第六号証の一ないし三、証人Gの証言、原告甲野花子、被告乙川次郎各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一) 被告らは、本件売買契約がなされた平成六年三月一七日に先立つ同年始めころ、本件不動産を金三六五〇万円で売りに出しており、仲介をしたA及び被告らにおいて、右金額は利益等を含んだ上での適正な価格と認識されていた。

(二) 右価格算定の基礎となった本件不動産の状況等の中には、本件事情は含まれておらず、被告らの意図はさておくとして、少なくとも訴外Aは、不動産仲介業者として、本件事情がないものとして右売出価格を見積もった。

(三) 本件マンションの二〇四号室に居住していた訴外Hは、本件売買契約の約八か月後である同年一二月二五日、右居住部分を訴外Iに譲渡した。右売買事例における仲介業者の設定価格は二八八〇万円、売買価格は二六〇〇万円であったが、同価格は、契約に際しては仲介業者及び訴外Iに本件事情を説明し、納得してもらった上で同意された価格である。

ただし、右二〇四号室は東北の角部屋であり、南向きの本件不動産とは異なる。

(四) 日吉駅近隣の中古マンション相場は、売出価格を基準とすれば、平成六年三月と同年一二月とを比較すると、3.3平方メートルあたりで二二九万円から一八九万円と下落している。また、雑誌「週刊住宅情報」(乙第六号証の一ないし三)記載の東急東横線沿線の欄によれば、同年一二月ではどの駅近隣であっても前年比ないし半年前との比において価格は下落している。

2  ところで、本件不動産の瑕疵に基づく損害は、不動産市況による価格の下落は含まず、瑕疵を原因として本来有すべき価値を欠いていたことによる損害をいう。右認定の事実によれば、訴外H及びI間の売買契約代金額は、本件事情によって居住環境が悪化し、快適さを欠くことになる等の本件事情による影響のみならず、その契約時点からみて、前記日吉駅近隣の中古マンション相場の変動による価格の下落分をも含むものと考えられるから、これを控除したものが本件事情による価格下落と推認される。したがって、訴外H及びI間の売買成約価格に平成六年三月と同年一二月における右相場の変動率(同年三月の相場を同年一二月の相場で除したもの。)を乗じた三一五〇万円(一万円未満切捨て)が、本件瑕疵を前提とした本件不動産の価格であると認めるのが相当である。

(計算式)

三  原告らは、本件瑕疵により、本件売買代金と右価格の差額である金三五〇万円の損害を被ったものというべきであり、被告らは原告らに対し、売主の瑕疵担保責任に基づき、右損害を賠償すべき義務がある。

第三  結論

以上のとおり、原告の第一次的及び第二次的請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、第三次的請求については、金三五〇万円及びこれに対する原告準備書面(四)送達の日の翌日である平成八年一二月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとする。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文及び九三条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長野益三 裁判官玉越義雄 裁判官日野浩一郎)

別紙物件目録<省略>

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